都城市議会 2020-12-07 令和 2年第6回定例会(第3日12月 7日)
合併前の旧山田町当局、そして、旧山田町議会は、合併して役場付近が寂れることのないようにという地域への配慮と町内にある木之川内ダム等の災害を懸念して、当時の山田町役場敷地内に建設を推進した記憶があります。建設費、用地費を含めて一億一千八百五十万円で建設され、平成二十一年度五月に業務開始されました。平成二十三年十二月に二年余りで都北町へ移転となりました。
合併前の旧山田町当局、そして、旧山田町議会は、合併して役場付近が寂れることのないようにという地域への配慮と町内にある木之川内ダム等の災害を懸念して、当時の山田町役場敷地内に建設を推進した記憶があります。建設費、用地費を含めて一億一千八百五十万円で建設され、平成二十一年度五月に業務開始されました。平成二十三年十二月に二年余りで都北町へ移転となりました。
2つ目、雨量計を役場庁舎屋上または役場付近に設置して早目の避難につなげることはできないか、町長にお伺いいたします。 3つ目、避難所の体制の充実に取り組めないか。今、いろいろと公民館には備蓄とかそういうものが準備されていますけど、まだまだ不十分だと思いますのでよろしくお願いいたします。
それぞれの地域の特性を生かしながら、つまり、油津であれば商業地域、商業の部分がすごく発達しておりますし、また、北郷の旧役場付近であれば、そういった役場の機能であるとか、買い物機能もそろっておりますし、それぞれごとに拠点の特性とか特徴があります。そういったところをしっかり強めながら、また、今後いろんなものが建てかえの時期が来ると思います。
合併前の町の当局は、合併して役場付近がさびれることのないようにという地域への配慮、災害等の懸念もあるから中央管理所の建設を推進したと、私は耳にしております。 市では、さまざまな事業において、行政改革による削減の一途でございますが、市民にいろいろなものを押しつけながら、当初の建設を二年余りで変更して、当時の区長、また地元の畑地かんがいの役員にも相談なく、業務が移転されました。
これは役場付近の中心部でございますけれども。なぜこの時代に一番減少したかといいますと、これはアバウトで申し上げますが、大体東麓地区は中心部でございまして、商店街が多い、ほかの地区に比べてサラリーマンの方が多い、そういうことで後継者も少なく、このような現象に立ち入っていると。ただ、最近の傾向としては、これがむしろ麓のほうが下げどまりというんでしょうか、もうそういう形になっているところでございます。
しかし福島町に設立されている保育園を大変うらやましく感じ、対等合併には少しでも劣らないよう、当時の村の中心に役場があったので、村民が財源を持ち帰り、役場付近に土地を見つけ、建設も合併に間に合うよう急いで保育所の建設をしたのだと当時の話をしてくれました。そして、今ごろ地域根性のようなことを言うつもりはないが、地域の言葉や希望には耳をもう少し傾けてもらいたいものだと話されていました。